ふぉれはだいありー

崇拝のために

考える会話について

こんばんは。

 

本日はよい絶起日和で、僕は当然のように絶起いたしました。起きたら14:00でした。お疲れ様でした。板書はなんとか手に入れましたが、授業に出ないのはやはりよくない。

 

さて、本日はそんな訳で、駿台に午後登校して軽く勉強しただけで終えました。その後親から無料券をもらっていたのでスタバへ行きました。キャラメルフラペチーノが頼みたかったのですが、事故で僕の飲み物はカプチーノとなりました。悲しい😢

 

スタバで勉強、思ったより捗らない。机が丸いのであまり教科書を広げられないのが難点ですね。小さい机を丸く加工するのは意図がマジでわからないので、今後小さい机を丸くする業者の方は気をつけてください。お願いします。

 

あと本日のガチャも爆死しました。これは課金しないといけませんな…。

 

さて、本日は自分の言葉遣いについて一考です。自分は会話がぎこちないとき「まあいいや」という言葉を使って誤魔化すことが多いということを最近再認識しました。これは昔トゥ=マイというカンボジア出身の同級生から指摘を受けていたのですが、確かに「まあいいや」「なんでもない」が多いことに気づいた。これらの原因を解明してみました。

 

まず、90%の確率でこれらの発言をした時は相手に伝わらないネタを思いついて口走りそうになった時、です。例えばAEという文字列があった時に「アナハイム・エレクトロニクスじゃんw」って言おうとしてしまい、相手がガンダムを知らないことに気づいて「まあいいや」と言ったりするわけです。少し例が雑だったかもしれませんが要は相手に言っても困惑の表情を浮かべられるだけで、説明するのが面倒なのでこの言葉で済ませてしまうと言うわけです。まあ、「まあいいや」なんて言われても困惑の表情は浮かべると思いますが。

 

残りの10%ですが、これは「自分でも支離滅裂な発言だと思った時」です。例えば誰かに「今日は暑いね〜」と言われた時、僕は「確かに」だとか、「いや、寒いでしょ」だとか、あるいは「アツいといえば、この前食べた厚焼き玉子が美味しかったんだよね」などと話を繋げます。これらは一応意味が通る会話となっているので発言をしますが、例えば僕はこう言う時に「今日に限らず冬は暑いものでは?」などと返そうとしてしまい、(これは自分でも支離滅裂だ…)と思い直して「まあいいや」と言うわけです。

 

これらの言葉は相手には不完全燃焼感が残ると思うので、やはり自分でも変えていかなければなりません。やはり考えてから喋るべきなんでしょうが、ここ18年間喋ることに頭を使っていなかったからこうなっているので猛省しております。誰か僕に知的な会話のエッセンスを教えてください。

 

それではぽやしみ😴